「香る、午後の休息」
【序:10年の拒絶】
正直に告白します。
僕は、アップルパイが好きではありませんでした。 あの鼻につくシナモンの強い香りと、ドロドロに煮詰められたリンゴの食感。そのどちらもが、僕の理想とする「パイ」とはかけ離れていたからです。 だから、2004年にfealをオープンしてから10年もの間、店内のショーケースにアップルパイが並ぶことは一度もありませんでした。
【破:百貨店の「なぜ?」という問い】
そんな僕の頑固なこだわりを揺さぶったのは、催事に出店するようになった百貨店のお客様やバイヤーたちの声でした。 「パイ専門店なのに、どうしてアップルパイがないの?」 何度も、何度も、同じことを聞かれました。
「……分かった。それなら、僕が心から『おいしい』と思えるアップルパイを作ってやろう」 それが、すべての始まりでした。
【転:ベルガモットの魔法】
まず着手したのは、リンゴの食感です。煮詰めすぎず、シャキシャキとしたフレッシュな食感を残すこと。 そして最大の難問は、シナモンの代わりとなる「香り」でした。 理想の香りを求めて試行錯誤を繰り返し、疲れ果てて小休止していた時。
何気なく口にした大好きな「アールグレイ」の香りに、稲妻が走りました。
「これだ!」
シナモンではなく、気品あるアールグレイの茶葉をリンゴにまぶす。 オーブンから漂うのは、ベルガモットの華やかな香りと、リンゴの甘酸っぱい誘惑。それは、これまでのアップルパイの概念を覆す、完璧な融合でした。
【結:常識を脱ぎ捨てた、爽やかな余韻】
さらに、ありきたりなカスタードクリームはやめました。 代わりに選んだのは、個人的に大好きなクリームチーズ。そこに少しの甘みと、有機レモン果汁の爽やかな酸味をプラスしました。
こうして、かつてアップルパイを嫌っていた僕が、誰よりも愛する「アールグレイアップルパイ」が完成したのです。 シナモンが苦手な方にこそ、ぜひ召し上がっていただきたい。 それは、あなたの「休息」を少しだけ贅沢にする、香り高き一切れです。
「嫌い」だったからこそ、辿り着けた光。
10年もの間、僕はアップルパイを作ることができませんでした。 煮詰めたリンゴが、どうしても好きになれなかったから。
でも、だからこそ、このフレッシュな香りと アールグレイが重なる「理想の一切れ」に出会えたのです。
誰かの正解ではなく、自分の「好き」を信じること。 その小さな「希望」を、サクサクの生地の中に包みました。
